運送業における交通事故は、ドライバー個人の問題にとどまらず、 会社の信用・事業継続・社会的責任に直結する重大なリスクです。本稿は、運行管理者が実務において理解しておくべき 「点呼の意義」「事故発生時の初動対応」「報告義務」「監査」「法的責任」 の基本です。
※本マニュアルは、法令・実務書等を参照し、運行管理者をはじめとする実務者の経験を基にまとめたものです。 公的機関による監修を受けたものではありませんので、参考資料としてご覧ください。
【点呼の意義 / 最大の事故防止対策】
貨物自動車運送事業法において、運行管理者による点呼は極めて重要視されています。これは、職業ドライバーによる重大事故が多発してきた歴史的背景があるためです。
1999年に東名高速道路で発生した飲酒運転事故では、飲酒運転のトラックが普通乗用車に追突し、車両が大破炎上して幼い子供2人が死亡しました。この事件は社会に大きな衝撃を与え、危険運転致死傷罪の制定につながりました。
こうした悲惨な事故を防ぐためにも、点呼制度の重要性が改めて認識されるようになりました。毎運行ごとに点呼を行うことは事業者にとって大きな負担ですが、ひとたび重大事故が発生すれば、会社は多大な責任と損害に直面します。点呼制度はドライバーを守り、会社を守るための最重要の安全装置です。運送業界全体で、その背景と意義を理解することが求められます。
【交通事故発生時のドライバーの措置】
重大な交通事故が発生した場合、運転者は強い動揺や混乱により、何をすべきか判断できなくなることがあります。しかし、初動対応の適否は被害の拡大防止だけでなく、会社の責任や社会的評価にも大きく影響します。以下は事故発生時に必ず行うべき基本的な対応です。
・負傷者の救護(最優先)
救護措置を行わず現場を離れた場合、ひき逃げ(救護義務違反)として極めて重い処罰が科されます。安全を確保しつつ、可能な範囲で応急手当や救急要請を行います。
・後続車への注意喚起
事故現場では二次事故の危険が非常に高くなります。三角表示板や発炎筒を使用して後続車に注意を促し、現場の安全を確保します。ただし、ガソリンやオイルが漏れている場合は、火気を伴う発炎筒の使用は厳禁です。タバコの火や落ちた灰も引火する危険があるため、液体可燃物が流出している現場周辺では、絶対にタバコを吸ってはいけません。
・運転手自身の安全確保
混乱した運転者が、会社への連絡のため、携帯電話を使用しながら車線に出てしまうなど、二次被害の危険があります。最低限の措置を講じた後は、まずは路肩などの安全な場所へ退避します。
・110番通報
警察等へ速やかに連絡します。当局はホットラインで連絡を取り合っているため、負傷者がいる場合、警察から救急隊・レスキュー隊への連絡をしてもらえます。大規模な交通事故で現場の混乱を鎮静化させることは、運転手個人では不可能なので、当局への速やかな通報が重要です。
・イエローカード等の携行と警察・消防の初動対応への協力
危険物を運搬する運転者は、消防法に基づき危険物取扱者免状を携行するとともに、事故発生時に警察・消防隊が適切な交通規制範囲の設定や、危険物の化学的性状に応じた初動対応を迅速に行えるよう、イエローカード(危険物携行カード)を確実に車載する必要があります。
・道路管理者への連絡
道路設備が損壊している場合は、復旧作業の手配のため道路管理者への連絡が必要です。被害が大きく、速やかな復旧が求められるケースでは、事故現場から警察が道路管理者へ直接連絡してくれることもあります。道路管理者は道路の区分によって異なります。
・国道:国土交通省(政令市は市)
・都道府県道:都道府県
・市町村道:市町村
・港湾道路ほか:各管理者
・会社(運行管理者)への連絡
会社には運輸当局への通報義務があり、できる限り速やかに事故状況を把握する必要があります。 荷物が破損・焼失している場合は、顧客への損害賠償の対象となるため、正確な状況確認が欠かせません。また、車両が損壊し運行できない場合には、自社でレッカーを手配するのか、あるいは当局に近隣の業者を紹介してもらうのか、状況に応じて迅速な判断が求められます。
事故対応は会社全体で行うべき業務であり、運転者は速やかに報告し、指示を仰ぐことが重要です。重大事故は道路を通行止めにし、社会の経済活動に大きな影響を与えます。物流が止まれば、企業活動だけでなく地域全体の生活にも支障が生じます。運転者はその影響の大きさを理解し、被害の拡大防止と道路の早期復旧に最大限努める姿勢が求められます。
◎JARTIC 公益財団法人 日本道路交通情報センター
【交通情報】
【報告対象となる重大交通事故】
事業用自動車が関係する事故のうち、一定の基準に該当するものは「自動車事故報告規則」に基づき、国土交通省への報告が義務付けられています。これらは事業の安全確保に重大な影響を及ぼす事故であり、事業者・運行管理者はその内容を正確に理解しておく必要があります。
・重大事故として運輸当局への報告が必要となる類型
転覆(車体が35度以上傾斜)、転落(0.5m以上の落差)、火災(車両または積載物)、鉄道事故、 多重衝突(10台以上)、死傷事故(死者・重傷者)、多数負傷(10人以上)、危険物等の漏洩 、コンテナ落下、法令違反事故(酒気帯び・無免許等)、疾病による運転不能、救護義務違反、主要装置の故障による運行不能、車輪脱落、鉄道障害(3時間以上の運休)、高速道路障害(3時間以上の通行止め)、その他、国土交通大臣が指示した事故
・速報が必要な事故
重大事故のうち特に被害が大きいものは、24時間以内に運輸局へ速報する必要があります。
死傷事故(死者2名以上/重傷者5名以上)、多数負傷(10名以上)、危険物漏洩、酒気帯び運転
・運転手の教育
重大事故を起こした運転者をそのまま乗務させることはできません。事故の背景要因を分析し、再発防止のための教育を行うことが事業者の義務となっています。
・監査の対応
交通事故の背景として、事業者の管理体制に問題があったと疑われる場合、運輸当局による監査が行われます。点呼、車両整備、運行計画、労働環境などが厳しく確認されるため、日頃から適正な事業管理が求められます。
【交通違反 / 青切符】
道路交通法では、交通違反の内容に応じて反則金や違反点数が定められています。信号無視、一時停止違反、速度超過、携帯電話使用違反など、日常的に発生しやすい違反が典型例です。また、デジタコを搭載していない車両で運行記録計(タコグラフ)を設置せずに運行した場合は、運行経路や労務管理をごまかす意図が疑われるため、法令違反として処分の対象となります。
これらの違反に対しては「反則通告制度」が適用され、いわゆる青切符が交付されます。この制度は、戦後のモータリゼーションの急速な発展に伴い、膨大な交通違反を通常の刑事手続で処理すると司法が機能不全に陥るため、簡略化された手続として創設されたものです。
一方で、シートベルト非着用のように、他人に直接危害を加える性質がない違反については、反則金が科されず点数のみが付されるものもあります。
反則金を納付すれば、通常の刑事手続に移行することは免除されます。テレビ等で「違反金滞納者が逮捕された」という報道がありますが、これは反則通告制度を運転者が放棄した結果、本来の刑事手続に移行しているためです。
【悪質違反 / 赤切符】
無免許運転、酒気帯び運転、薬物使用、過労運転、著しい過積載、重大な速度超過などは、悪質性が高い違反とされています。 これらは反則通告制度の対象外であり、赤切符が交付され、略式を含む刑事手続で処理されます。
貨物運送業において特に注意すべきなのは、大型・中型などの無資格運転です。 無資格運転は無免許運転と同質の重大違反ですが、運転免許制度は度重なる改正により複雑化しており、免許取得時期によって運転できる車両が異なる点に注意が必要です。
例えば、過去に普通免許を取得した方は中型車両を運転できますが、法改正後に普通免許を取得した方は、従来の普通免許で運転できた車両に乗ることができません。 この誤解による無資格運転は、運送業界で頻発するリスクの一つです。
特に悪質性が高いと当局に判断された場合は、赤切符による略式手続ではなく、即、強制捜査に移行することもありえます。
【点数制度 / 免許停止】
交通違反が累積すると、道路交通法に基づき、違反点数に応じて免許停止や取消といった行政処分が科されます。ここでは、前歴がない場合の基準を示します。違反点数が累積した場合の免許停止期間は次のとおりです。
・6点〜8点:30日停止
・9点〜11点:60日停止
・12点〜14点:90日停止
これらの停止処分については、指定された講習を受講することで、停止期間が短縮される場合があります。講習を真摯に受講し、再発防止に努め、早期に業務に復帰できることが望まれます。
・15点以上:免許取消
となり、違反点数に応じて「欠格期間(再取得できない期間)」が設定されます。欠格期間は最短1年から、場合によっては数年に及ぶこともあります。また、酒気帯び運転や酒酔い運転などの悪質違反は、一度の違反で免許取消となる“いわゆる一発取消”の対象です。
【人身事故 / 刑事訴訟】
人身事故を起こした場合、「自動車運転死傷処罰法」に基づき処罰されます。
酒気帯び運転や著しい速度超過などの悪質違反を伴う事故では、危険運転致死傷罪が適用される可能性があり、殺人事件なみの重い処罰が科されます。このような事態には絶対にならないよう、日々の点呼による飲酒運転等の絶無を図ることが極めて重要です。
運転手に酒気帯び運転、ひき逃げ、横断歩道上での事故などの悪質な違反が認められた場合、刑事訴訟法に基づき、捜査当局に逮捕される可能性が高くなります。 このような重大事案では、会社に対しても強制捜査(捜索)が実施されるおそれがあります。
この段階に至ると、事件はすでに強制捜査のフェーズに入っており、会社の意向や判断にかかわらず、刑事手続は国家の権限として機械的かつ強制的に進行します。逮捕された運転者は、刑事訴訟法に基づき48時間以内に検察庁へ送致され、検察官が起訴するか、釈放するかを判断します。
【損害賠償 / 民事訴訟】
交通事故が発生した場合、民事上の損害賠償額は、当事者双方の過失割合によって決まります。過失割合は、これまでの膨大な裁判例や事故データをもとに一定の基準が示されており、事故の形態ごとに「おおよその目安」が存在します。
そのため、多くのケースでは損害保険会社がこの基準に沿って調整を行い、示談が成立することが一般的です。しかし、保険会社が介入できない損害(休業損害の一部、慰謝料の争い、過失割合への強い異議など)がある場合や、当事者間で過失割合が折り合わない場合には、示談が成立せず、裁判での解決に進むことがあります。重大事故に起因する民事訴訟では、高度な法律判断が絡むため、弁護士に相談し、解決の糸口を図ることが推奨されます。
【報道・SNS / 企業のダメージ】
法定の処分とは別に、事業者にとって最も恐ろしいのが 社会的制裁 です。自社の運転者が重大な交通事故を起こした場合、その事実は新聞・テレビなどの報道機関によって広く伝えられ、会社の信用に深刻な傷を残す可能性があります。
特に現代は、インターネットやSNSの発達により、情報が瞬時に拡散する時代です。情報の精度が不確かなデジタル空間では、真偽を問わず断片的な情報が独り歩きし、企業のイメージを大きく損なう危険があります。一度失われた信用を取り戻すことは容易ではなく、企業にとっては法的処分以上のダメージとなることもあります。
さらに、顧客からの信頼低下により、特にコンプライアンス意識の高い大手企業では 契約の打ち切り や 取引停止 といった経営上の重大な影響が生じる可能性があります。こうした社会的制裁は、企業の存続に直結する深刻な問題であり、重大事故を未然に防ぐための安全管理や、日々の点呼の徹底が極めて重要となります。
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【貨物運送業手続・各種許可取得】